SHIBUYA × WATCH
再開発が進む渋谷の街は、この10年で大きく変貌を遂げた。2012年開業の渋谷ヒカリエを皮切りに、駅周辺の再開発が急速に進み、渋谷ストリーム、渋谷スクランブルスクエア東棟、渋谷フクラス、渋谷サクラステージ、渋谷アクシュといった新しい商業施設が次々と誕生した。一方で「以前、ここに何があったのだろう?」とかつてそこに立っていた建物を、とたんに思い出せなくなることも少なくない。都市の記憶とは、建物と密接に結びつき、それがなくなると記憶も薄れ、やがて忘却の彼方へ消え去る。それは少し寂しいことだが、ただ、都市はそうやって新陳代謝を繰り返しながら、時代とともに変化していく。特に渋谷はその傾向が強い街だ。この変化の速さこそが、渋谷の魅力ともいえるだろう。
再開発が進む中、渋谷の記憶は徐々に消えゆく一方、アーティストたちがリリースするミュージックビデオには「今の渋谷」や「再開発中の渋谷」の風景や姿が多く残されている。先週8月14日にYouTubeで公開された乃木坂46の楽曲『熱狂の捌け口』のミュージックビデオでも、東急百貨店本店跡地がロケーションとして使用されている。東急百貨店本店は2023年1月31日に閉店し、創業55年の歴史に幕を下ろした。この跡地には2027年の竣工を目指し、地上36階建ての大型複合施設を建設する「渋谷アッパー・ウエスト・プロジェクト」が進む。現在、旧百貨店の解体工事が行われているが、ミュージックビデオはその工事現場で撮影されたものだ。
工事現場はまるで戦火で荒廃した建物や街のような雰囲気を漂わせており、コンクリートむき出しの大階段やエレベーターホール、天井や壁、窓のない無機質なフロアで、彼女たちはキレの良いパフォーマンスが繰り広げられている。楽曲が終わるラストシーンでは、ドローンで撮影されたと思われる映像が徐々に上空にフェードアウトしていき、彼女たちの姿がどんどん小さくなると同時に、イルミネーションが輝く街の風景が広がっていく…。そこで工事現場内の非日常的な世界とリアルが一気につながり、「あ、文化村通りだ。東急本店だったのか」と気が付く。
再開発工事現場をロケーションとする魅力とは何だろうか? 1つは過去と未来、生と死、希望と絶望など、再開発が進む都市に感じる郷愁や哀愁のような感情のうつろいが、楽曲の世界観や物語性を深化させる要素になること。さらにセットでは組めない解体途中の工事現場という「廃墟」「荒廃」感を感じさせる特殊な空間が、従来のミュージックビデオの枠を超えたダイナミックで、インパクトある映像を生み出す役割を担うものとなる。
乃木坂46の楽曲『熱狂の捌け口』のほか、今回は過去に発表されたミュージックビデオの中から「再開発中の渋谷」「既に消えてしまった渋谷」を舞台にした作品をいくつか紹介したい。特別な許可を得て工事敷地内で撮影した作品は、その瞬間でしか撮影できない貴重なものとなり、楽曲とともに都市の記憶を後世に残す貴重なデジタルアーカイブとして受け継がれるものとなるだろう。
■渋谷サクラステージ/「さよならの今日に」(あいみょん)
2020年2月14日、あいみょんが手がけた 日本テレビ「news zero」テーマ曲「さよならの今日に」のミュージックビデオがYouTubeで公開された。ロケ―ションは、再開発エリア「桜丘町」である。着工前の工事現場内でパフォーマンスを繰り広げるあいみょんの姿が印象的だ。国道246号線とJR線で挟まれた同エリアは、渋谷駅中心から分断・孤立していたが、2024年7月、JR渋谷駅新南改札の移設、渋谷サクラステージの本格開業に伴い、新たなまちが誕生している。
■渋谷ストリーム/「サイレントマジョリティー」(欅坂46)
秋元康さん総合プロデュースの乃木坂46に続く「坂道シリーズ」第2弾として結成された欅坂46は、2016年4月6日に「サイレントマジョリティー」で鮮烈なデビュー。MVのロケ場所は、なんと東急東横線の旧渋谷駅跡地だ。巨大な重機が所々に立ち並ぶ、まさに工事現場の真ん中で、彼女たちはキレのあるダンスパフォーマンスを繰り広げている。同地には2018年9月、Googleのオフィスやホテル、ホールなど入った高層複合施設「渋谷ストリーム」が誕生した。「再開発工事中の渋谷」を捉えた貴重な映像記録と言えるだろう。
■旧渋谷パルコ/「渋谷からPARCOが消えた日」(欅坂46)
2016年8月10日にリリースした欅坂46の2ndシングル「世界には愛しかない」。そのシングルに一緒に収録される欅坂46センターの平手友梨奈さんのソロ楽曲「渋谷からPARCOが消えた日」のMVが同年7月23日、YouTubeで公開された。こちらのMVは同年8月7日、建て替えに伴い一時休業する「渋谷パルコ」をロケ場所としている。真っ赤なスーツに身を包む平手さんは、鋭い眼光とメリハリのあるステージングを繰り広げる。さらにサビ部分では、「PARCO」のロゴが鮮明に輝くパルコ屋上で「パルコ、パルコ…」と何度も繰り返し、一度聞くと忘れられない楽曲となっている。
■東横線・旧渋谷駅ホーム/アイ(弾き語りVersion)(秦基博)
2010年3月にリリースされた「アイ(弾き語りVersion」 。終電車後、車両が停車する2番線、3番線を挟む中央のプラットホーム上で1カメラ1カットで撮影。秦基博さんは深夜のホームにひとり座り、ギター1本で弾き語る。かまぼこ屋根で親しまれた旧渋谷駅の姿は、秦さんの美しい歌声と共に街のアーカイブとして記憶に留めておきたい。