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渋谷フクラス西側広場で1月22日、「モヤイ像」の移設除幕セレモニーが行われた。
「モヤイ像」は1980(昭和55)年、伊豆諸島の東京都への移管100周年記念事業の一環として、新島村のPRを目的に新島観光協会が企画したものである。新島で産出されるコーガ石(抗火石)を使用して制作され、渋谷駅西口に設置された。それ以来45年間にわたり、西口のシンボルとしての役割を果たしてきた。100年に一度と言われる「渋谷駅街区土地区画整理事業」による交通結節点の強化や渋谷駅の機能更新・再編、駅ビルの再開発が進むなか、モヤイ像が設置されていた東急東横店西館・南館が解体されることとなった。これに伴い、昨年11月28日から29日の深夜2日間をかけて、渋谷駅前から渋谷フクラス西側広場への移設作業が行われた。
移設先は、渋谷駅西口から約200メートル移動した渋谷フクラスに隣接する場所であり、中華料理店「長崎飯店」の横、国道246号線に面したスペースである。この場所は若干の傾斜がある坂道であったが、平坦に整地され、縦3.5メートル、横3.2メートルの四角いスペースが新設。昨年から柵の設置工事や植栽などの準備が進められ、今回の式典開催に至った。
渋谷と新島の絆 今の時代だからこそ「もやい精神」
除幕セレモニーには、渋谷区長の長谷部健氏、新島村長の大沼弘一氏、渋谷中央街理事長の本間誠氏、渋谷区商店会連合会会長の大西賢治氏、モヤイ像制作者である故・大後友市(だいご・ゆういち)氏のご親族らが出席した。
式典では、主催者を代表して長谷部区長が登壇し、次のように述べた。
「モヤイ像の移設が無事に完了し、うれしく思っている。物心がついた頃からモヤイ像はこの街にあり、ハチ公と並ぶ待ち合わせの名所として親しまれてきました。地元の人々は混雑するハチ公前ではなく、モヤイ像前で待ち合わせすることが多かった。この移設をきっかけに多くの人々にこの場所を利用していただき、モヤイ像がさらに愛される存在になることを期待している」。
続いて、新島村の大沼村長が登壇した。
「新島村の島民にとっても、都会の中心で待ち合わせ場所として全国的に知られる存在となったことを大変うれしく思っている。ちなみに『もやい』とは島の方言で助け合いや協力を意味する言葉。いわゆる『絆』に近い言葉であり、離島で暮らす私たちにとって今でも大切にしている精神であり文化であり、コミュニティの源。世界中で紛争が絶えないなか、人々が理解し合い、協力し合い、幸せを感じられる社会を築くために、『もやい』の精神は今の時代こそ必要とされていると感じている」と述べ、「もやい精神」がさらに広がることを期待した。
式典のハイライトは、モヤイ像の除幕である。白い布で覆われていた像に取り付けられた紅白の紐を関係者が一斉に引くと、移設後しばらく隠されていたモヤイ像が姿を現した。
新しい設置場所でのモヤイ像の顔は、国道246号を挟んだ南西方向(セルリアンタワー方面)を向いており、その視線の先約148キロメートルに故郷である新島があるという。
新島PRの情熱から誕生した「モヤイ像」
式典後、当時の新島観光協会の理事であり、モヤイ像制作者である故・大後友市(だいご・ゆういち)氏のご親族である植松摂さんと植松創さんに話を聞いた。摂さんは「モヤイ像は今から45年前、父が50代のときに制作したもの。当時の渋谷区長との知り合いで、新島をアピールするため『とんでもないものを作りたい』という思いで作り上げた」と語った。また、大後氏の孫である創さんは、「(新島の)中学校を卒業して都内の高校に進学した際、名刺代わりに『モヤイ像はおじいちゃんが作ったんだよ』と言うと、たいていの人と仲良くなれた。モヤイ像をとても誇りに思っている」と述懐した。
今回の移設について、創さんは「設置場所が少し傾斜になっているためか、モヤイ像の顔が以前よりシュッと見える。晴れやかで凛々しい印象になったと感じる。今後、多くの人に新しい場所を認知してもらうのが楽しみ」と期待を寄せた。
日当たりの良い新天地へ—モヤイ像を彩るシブハナ活動
渋谷の街で花を植え育てるボランティア活動を行う「渋谷Flowerプロジェクト(シブハナ)」。この活動は2003年のアースデイ東京で誕生し、それ以来22年間にわたり、モヤイ像花壇の世話や清掃などを続けている。今回の式典開催に向けて、昨年12月から花壇の植え替え作業を進めてきたシブハナ代表の小島盛利さんに話を聞いた。
「真冬の植え替えだったため、南国のヤシ系植物であるフェニックスロベニーが少し枯れてしまった。が、モヤイ像の隣に植えて、元気を取り戻すか様子を見ている。また、ヒメキンギョソウやクッションマムなど、黄色や白の明るい花を選んで植えている。これらの花は、春に向けて生い茂ると思う」と小島さん。
移設に伴う環境の変化については、「以前は円形だった花壇が、新しい場所では四角形になり、以前の大きさの8割ほどになった。ただし、以前の場所ではモヤイ像の頭上にデッキがあり、暗い環境だった。一方、今回の移設先は日当たりが良く、花にとっては良い環境になった」と説明した。
さらに、小島さんは「22年間モヤイ像と共に過ごしてきたことを改めて実感している。活動を始めた当初は20代だったが、今はもう40代になった(笑)」と、時間の経過をしみじみと語った。シブハナの定例活動は、毎月第二土曜日に行っているという。
今回の移設により、モヤイ像がこれまで以上に地元住民や来街者に親しまれる存在となることが期待されている。また、渋谷フクラス西側広場の活用が注目されるなか、新たな待ち合わせスポットや憩いの場として定着するかどうかも関心を集めている。今まで人が集うイメージのない場所であるため、今後、このエリアを舞台にイベントを開催するなど、モヤイ像の認知度向上と周辺地域の賑わい創出が重要な課題となりそうだ。
渋谷駅の再開発完了後、モヤイ像を駅西口へ戻すかどうかは未定である。「このまま中央街のシンボルとして恒久的に設置される可能性もある」とし、今後の調整に委ねられている。