心躍る世界を、渋谷から。

SHIBUYA × INTERVIEW

人と技術が交わる土壌を整え、渋谷から社会実装型イノベーションを生み出す。
田中浩之さん

オープンイノベーション拠点「SOIL」運営責任者

人と技術が交わる土壌を整え、
渋谷から社会実装型イノベーションを生み出す。

プロフィール

大学在学中、アナウンサー志望から進路を転じ、街づくり領域に関心を持ち、東急へ入社。マンション開発を皮切りに、オフィステナントリーシングや当社がかかわる物件に入居しているテナントの対応など、不動産領域で約15年にわたり経験を積む。その後、報道対応を担う広報へ異動。2024年、「SOIL」を運営するイノベーション推進組織「フューチャー・デザイン・ラボ」に移り、現在はSOILの運営責任者を務める。

渋谷を拠点に、多様なパートナーと社会課題の解決に挑むための“土壌”として機能しているオープンイノベーション拠点「SOIL(ソイル)」。正式名称は「Shibuya Open Innovation Lab」といい、渋谷という街をフィールドにスタートアップや大企業、ベンチャーキャピタル、行政など立場の異なる人々が集まり、新たな価値創出を目指して実証や協業を進めている。文化や価値観が混ざり合う渋谷の受容性を背景に、どのようにプロジェクトが進められているのか。SOILの取り組みと街との関係について、運営責任者の田中浩之さんに話を聞いた。

さまざまなアイデアが動き始める 「土壌(=SOIL)」 をつくる

オープンイノベーション「SOIL」の設立の目的を教えてください。

SOILは、外部のパートナーと東急が一緒になり、社会課題に向けた取り組みの社会実装を目指す場所として、2019年に設立されました。スタートアップだけでなく、ベンチャーキャピタルや行政、大企業の担当者など、多様な立場の人たちがここに集まり、渋谷という街をフィールドにしながら「まずやってみる」精神で動ける環境を提供しています。一般的なコワーキングのようにスタートアップが日常的に入居する場所ではなく、実験や協業の拠点という位置づけです。実証実験やプロトタイプの検証を行う際に、外部の方々がここを使うことで、課題を共有しながら一緒に解決策を探っていけるようになっています。

渋谷3丁目、金王八幡宮に隣接する「SOIL」外観

SOILの空間は招待制で、会員はすでに900名ほど。頻繁に来る人もいれば、時々利用する人もいて、外部とのつながりが自然に広がるような場になっています。大事にしているのは、形式やルールで縛るのではなく、興味や問題意識を持つ人が集まり、さまざまなアイデアが動き始める 「土壌(=SOIL)」 をつくることです。

2階のオープンスペースは、仕事や打ち合わせに利用できる多目的空間。奥にはステージも設けられており、トークイベントやライブ配信などにも活用されている

「0→1」ではなく「1→n」のインプリメンテーション(実行)にフォーカスしていることの狙いをお聞かせください。

SOILが重視しているのは、まったく新しいものをゼロからつくる「0→1」ではなく、既に生まれた技術やサービスを「どう社会に実装していくか」という「1→n」のフェーズです。東急は渋谷という街の中で、駅や商業施設など多くのフィールドを運営しています。だからこそ、新しい技術をどこで試し、どう定着させていくかというプロセスに関わることに強みがあります。スタートアップ側にとっても、自分たちの技術が実際の街でどう機能するのか、実装時の課題は何かを知ることは大きな価値になります。そのためSOILでは、実際に動かしながら改善していくスタイルをとっています。

施設内には、工具類がそろった工房スペースのほか、キッチンスペースも完備されており、この場でモノづくりなどを行うことができる

「社会実装」を前提としたプロジェクトを推進している

田中さんはどのような経緯で運営責任者に就かれたのでしょうか。

2008年に新卒で東急へ入り、長い間、不動産畑を歩いてきました。マンション開発から始まり、オフィステナントリーシング、渋谷周辺の再開発地域の物件担当など、フィールドは変わりながらも、街づくりに関わる仕事が続いていました。その後、青天の霹靂でしたが、広報部門へ異動し、報道対応をはじめ、不動産とはまったく異なる仕事に携わりました。SOILの運営を任されたのは2024年10月からで、翌年4月に拠点が宮益坂から渋谷三丁目へ移る前の準備から関わってきました。以前に会社に対して新規事業提案をしていたこともありますし、そんな縁もあって声をかけてもらえたのだと思っています。新しい領域に挑戦するのは嫌いではなく、むしろ一度じっくり腰を据えて何かをつくってみたい気持ちもあったので、自然と前向きな気持ちで取り組んでいます。

現在、どのようなプロジェクトを進めているのでしょうか。

SOILを基盤としつつ、東急アライアンスプラットフォームという外部企業と当社グループの事業をつなぎこむプログラムを進めています。年間を通して幅広く提案を受け付けていますが、その採択にあたっては当社と一緒に長期的な未来を描けるかどうかをとても大事にしています。プロダクトやサービスがあることは前提として、その先にどんな社会実装があるのか、渋谷はじめとして、街にどう広げていけるのかをリアルに想像できるかどうか。ここが当社らしい判断軸になっています。応募は毎月締め切りを設けていて、そこから次のステップに進む案件を選んでいきます。これまで約10年間で累計1100件以上の応募があり、常に多様なテーマが集まってきます。

受容性の高い渋谷の街だからこそ、イノベーションの芽が育つ

具体的な事例について教えてください。

現在、最も力を注ぐプロジェクトの一つが、SOILの1階で運用中の「水循環システム」です。これは微生物の力で水を浄化する仕組みで、化学薬品を使わず、汚泥が一定量以上増えないために、汚泥処理が不要という画期的なシステムです。総合建設コンサルタントの長大さん、システムの維持管理を行う東建産業さん、そして東急の3社が協力して進めるプロジェクトで、沖縄・宮古島市の熱帯果樹園で実証実験を行ってきました。その結果、安定的な稼働と高い汚水処理能力を確認できたため、2025年の春から、都心で初となる実証検証を渋谷でスタートしました。

1階で運用中の「水循環システム」。入口には再生水量モニターが設置されている

現在はSOILのトイレやキッチンから出た汚水を、水循環システムによって再利用できる水にまで浄化しています。世界的に水不足が深刻化する中で、地域や場所を選ばずに汚水を処理して再利用でき、「水を回して運用できる」ことには大きな意味がありますし、災害時にトイレが使えなくなる問題にも対応できます。現時点では季節によって微生物の動きが変わることや投資に対する費用対効果といった課題もありますが、すでに実用レベルで動き始めていて、断水時にも水が使えるなど、災害に対するレジリエンスとしての付加価値を提供できます。さらに将来的には駅や公園などの公共空間にも広がる可能性を感じています。

左)施設内には複合発酵設備が導入されており、水槽の中で微生物の働きを活用し、汚水を浄化している 右)水槽内部の再生水

他にも、SOILを拠点の一つとして活用し、街の課題解や利便性の向上を目的とした多様なプロジェクトや活動も進行しています。たとえば、渋谷では鉄道やバスのような大きな輸送は東急やその他の鉄道会社などが担ってきましたが、その先や手前にある“個の移動”の選択肢はまだ伸ばせる余地があります。こうした小さな移動の利便性が変わるだけでも街の体験は大きく変わるんですよね。そうした考えを背景に、マイクロモビリティシェアのLUUP(ループ)さんと一緒に、シェアモビリティの社会実装を進めてきました。

渋谷の街中には、再開発予定地域に一部空いた敷地が見られる。工事着手までの遊休期間を、LUUPのポート(駐輪場)として効率的に活用するケースも増えている。新たな都市インフラとして注目されるLUUPの社会実装が、渋谷の街で着実に進んでいる

駅構内の見えない場所に張り巡らされた配管を可視化する実践も、既存の課題を解決に導くプロジェクトの一つです。じつは古い駅は、昔の図面が残っていなくて、トイレなどの排水がどこを通っているのか分からないケースが少なくありません。こうした課題に対する有力な解決策が、弘栄ドリームワークスさんの「配管くん」でした。

センサーを搭載したカプセル型カメラを実際に細い配管の中に入れ、内視鏡カメラのように前に進みながら内部を調査して記録してくれるんです。この技術によってこれまで把握しきれなかった配管の状態を図面として整理していくことができました。

SOILが渋谷にあることの利点をお聞かせください。

渋谷でSOILを運営する大きなメリットは、街そのものに新しいものを受け入れる土壌があることだと感じています。私は、新しいアイデアって整然とした場所ではなかなか芽が出ないと思っていて、渋谷にはその逆の活気があります。スーツ姿のビジネスパーソンとゴスロリの子が同じ店で飲んでいるような、文化の混じり合いが当たり前に起きている。ああいう雑多さが、面白いものを生むんですよね。新しいプロダクトが出てきたときにも、「ちょっと使ってみようか」と寄ってきてくれる人が多い。こうした受容性の高さは、他の街にはなかなかありません。

施設前の広場は、祭りや近隣大学が主催するイベントなどに開放され、地域との接点づくりやコミュニケーションの場として積極的に活用されている

SOILでは、地域とのゆるやかなつながりも大切にしています。外のスペースに机を出しておくと、通りすがりの人がふらっと座って食事をしていたりして、街に自然と開いていく感覚があります。これまでにも、試しにキッチンカーを出してみたり、近くの大学の学生さんが企画したワークショップをこの場所で開いたこともあります。そんなふうに、地域の人たちにとって気軽に使える場であり続けることは、これからも大事にしていきたいと思っています。

フードやエンタメの視点からも街に人が集まる仕組みをつくりたい

田中さんの渋谷との付き合い方は?

渋谷は駅前にチェーン店が多いのですが、少し外側へ歩くと一気に個性的なお店が増えるんですよね。いわゆる「すり鉢」の外縁のあたりで、神泉や松濤、青学のあたりのエリアは本当に面白い店が多くて、食べ歩きをするのが僕の定番になっています。渋谷は「働く街」っていうだけじゃなくて、食や文化が自然に入り込んでくる街だと思っていて、そんな街の雰囲気と付き合うのが好きなんです。何でも揃っていて飽きないし、歩くたびに新しい発見がある。だからこそ、SOILの取り組みでも「訪れたくなる理由」をつくることに興味があるのかもしれません。渋谷を仕事と趣味の両方で楽しんでいる、そんな感覚ですね。

これからのビジョンをお話ください。

個人的な思いとしては、渋谷や東急線沿線が「食を通じて人が集まる街」になっていくといいなと考えています。五感のうち、聴覚や視覚、触覚はリモートでもある程度再現できますが、嗅覚と味覚は現段階ではその場所に行かないと体験できません。だからこそ、「食」は街を訪れる大きな理由になるし、人が動くきっかけにもなると思うんです。渋谷だけじゃなくて、沿線全体が「料理人が育つ場所」だったり、「おいしい店に出会える場所」になったらうれしいです。SOILのプロジェクトにも、フードやエンタメの視点が少しずつ入り始めていて、まだ表に出していない取り組みも着実に動いています。もともと半分くらい個人的な思いから始まった構想なのですが、意外と共感してくれる人が多くて、「それなら一緒にやってみたい」という話も出ています。そうやって新しい関心や動きが重なっていく中で、SOILという場がどこまで広がっていけるのか──その可能性を感じながら、これからの渋谷と向き合っていきたいと思っています。

取材・執筆:二宮良太 / 撮影:松葉理