SHIBUYA × WATCH
東京・渋谷駅のシンボルとして知られるモヤイ像。そのユニークな姿は待ち合わせ場所として長く親しまれ、多くの人々にとってなじみ深い存在となってきた。しかし、その故郷が渋谷から遠く離れた新島であることを知る人は意外に少ない。そんなモヤイ像のルーツを探るため、伊豆諸島の一つである新島を訪ねた。
新島への旅路
新島へは、フェリーと飛行機の2つのルートがある。フェリーは東京・竹芝桟橋から出航し、高速ジェット船なら約2時間20分、大型フェリーなら夜行便を利用して約8時間半の船旅だ。一方、調布飛行場から飛行機を利用するとわずか35分で到着する上に、小型プロペラ機で低空を飛行するため、一般的なフライトとはひと味違った景色を楽しめる。今回は飛行機を選び、新島にひとっとびで向かった。
新島は東京から南に157Kmほどに浮かぶ島。周囲は約41.6kmの大きさで、約2000人の島民が暮らしている。白砂の美しいビーチに迫力のある波が押し寄せる光景はサーファーたちにとってあこがれの舞台であり、ダイビングなどのさまざまなビーチアクティビティもさかんだ。
島全体が火山であり、独自の火山岩「コーガ石」は、新島の他には南イタリアのリパリ島でしか採れないといわれている。この石材は、その耐熱性の高さと加工のしやすさから建築物や彫刻の材料となり、島の生活に深く根付いてきた。こうしたコーガ石を活用する文化が息づいていることが、新島でモヤイ像が作られた背景にある。
新島のモヤイ像の起源は、1964年に島民のアーティストが島おこしの一環として、イースター島のモアイ像をモデルに掘り始めたことにさかのぼる。モヤイ像というネーミングは、単にモアイをもじった言葉ではない。島で「助け合い」を意味する「もやい」という精神が込められている。単なる観光資源としてではなく、厳しい自然環境の中で助け合って暮らしてきた島民の思いを象徴する存在として生まれたのがモヤイ像だ。
絶景スポットを見守るモヤイ像
新島でモヤイ像に出会うのは難しくない。島内のいたるところに100体を超える像が点在するからだ。最初に向かったのは、空港から車で15分ほどの場所にある石山展望台(向山展望台)。巨大な岩盤がむき出しになったコーガ石採掘場を抜けた場所にあるこの展望台は、羽伏浦海岸や遠く広がる青い海、そして式根島などを一望できる絶景スポット。ここにもその景色を見守るかのようにモヤイ像が鎮座し、訪れる人々を迎えてくれる。
石山展望台から車を走らせること約20分、市街地へと向かう。その一角には「砂んごいの道」と呼ばれるエリアがあり、コーガ石の塀に囲まれた独特の風景が広がる。素朴でどこか懐かしさを覚えるこの場所には、かつて実用的な目的で建てられたコーガ石の豚小屋が今も残る。この豚小屋は、家畜を守るための建物として活用されていたが、現在では新島特有のコーガ石を象徴する文化遺産として保存されている。新島の知恵や歴史を感じさせるたたずまいだ。
コーガ石で作られた建造物は、どっしりとした重厚感とともに長い時を経て古びた風合いが漂う。かつてここで人々が生活し、自然と共に生きてきた足跡を見て取れる。
湯の浜露天温泉での癒し
火山島である新島は、温泉めぐりも人気の高いアクティビティのひとつ。特に有名なのが、湯の浜露天温泉だ。この温泉は、太平洋を一望できる絶好のロケーションにあり、潮風を感じながら天然の温泉に浸かる贅沢を味わえる。24時間無料で開放されており、夕方は美しいサンセット、夜間は満天の星空を眺めながら温泉を楽しむこともできる。新島の自然の恵みを体感するにはもってこいのスポットだ。
旅の途中、コーガ石特有の温かみのある質感が印象的なモヤイ像を数えきれないほど目にすることができた。その一つひとつが独特の表情を浮かべ、次はどんなモヤイ像が現れるのだろうかと楽しみな気持ちになった。島の風景に溶け込むように設置されたモヤイ像たちは、観光客を楽しませるだけでなく、新島の島民がつむいできた風土の象徴となっているようにも思えた。
新島への旅を終えて
渋谷に戻り、移設後のモヤイ像を改めて訪ねた。駅前の喧騒から少し離れた場所にあるせいか、大勢の人々が集まることはなく、その場には穏やかな空気が流れていた。それでも、モヤイ像の独特な存在感は変わらず、通りを行き交う人々の目を引いていた。
その表情は見慣れたモヤイ像そのものであったが、新島への旅を通じてルーツや背景を知ったことで、以前とは異なる視点から眺めることができた。単なる街角のオブジェではなく、新島の自然と文化、そして人々の思いが込められた象徴として、モヤイ像が一層特別な存在に感じられるようになった。
取材・執筆:二宮良太 / ロケ撮影:松葉理