SHIBUYA × WATCH
「変わり続ける街」と言われる渋谷。その街を形づくっているのは、新しく生まれる風景だけではない。長年親しまれてきた建築や雑居ビル、坂道、看板、路地裏――。そこには、人々の記憶や営み、渋谷らしいカルチャーが積み重なっている。「渋谷風景録(しぶやふうけいろく)」では、再開発の中で移り変わる街の姿とともに、今もなお残り続ける風景にも目を向けながら、渋谷の文化的風景を記録していく。
- 建物名:渋谷区立広尾小学校
- 所在地:渋谷区東3-3-3
- 竣工年:1932年
- 設計者:市ノ瀬仁重郎(東京府)
- 施工者:佐藤平治
- 構造形式:鉄筋コンクリート造3階建
- 建築面積:940㎡
- その他:登録有形文化財(建造物)
今回の風景録は「広尾小学校」。恵比寿駅と渋谷駅の間、明治通りから少し坂を上った高台に、1932(昭和7)年に建てられた校舎が、今も現役で使われている。
同校の歴史をひもとくと、開校は1916(大正5)年4月1日。当初は東京府豊多郡渋谷町下通り3丁目に校舎を構えていたが、1928(昭和3)年3月の火災によって校舎が全焼。同年7月に仮校舎を建設するとともに、新校舎の建設に着手し、1932(昭和7)年4月29日に現在地へ移転した。

「登録有形文化財」の銅板プレートが掲出される学校入口
築90年以上を経た現在の校舎は、高台に建つ鉄筋コンクリート(RC)造3階建て。関東大震災後の復興事業の末期に建設された「復興小学校」の一つで、2000(平成12)年には国の登録有形文化財に指定された。
外観は、横一列に並ぶ窓など、水平ラインを強調したモダンなデザインが特徴だ。過度な装飾を抑えたシンプルかつ機能性を重視した構成は、昭和初期のモダニズム建築への移行期らしい空気が漂う。


一方で、来校者を迎える正面外観や玄関まわりには、幾何学的な装飾が見られる


左=玄関を見上げると、軒天にはアール・デコ様式の影響も 右=直線が多く無機質になりがちなモダニズム建築の中で、「丸窓」は軽やかで親しみやすいアクセントとなっている

校舎内に足を踏み入れると、昇降口の薄い緑色の「布目タイル」が目に入る。


布の織り目のような質感を持つタイルは、一枚ごとに微妙に表情が異なり、均一的な現代の建材にはない味わいを感じさせる。

1階の階段部は、下の方が据え広がりの曲線になっている。


円筒形の階段折り返しや途中にスリットを入れるなど、新しい時代のデザインを模索していたことが伝わってくる。


そして、この校舎を象徴するのが、屋上にそびえる望楼(ぼうろう)だ。


かつて校舎内には消防署が併設されており、この塔は火の見櫓(やぐら)として地域の安全を見守る役割を担っていた。内部は小さな踊り場とL字階段を組み合わせた「かね折れ階段」が続き、最上部のハシゴを上ると窓4面と扉1つがある。

校庭から見上げると、V字型に広がる校舎の中央から望楼が空へ伸び、当時、高い建物が少なかったこの地域のランドマークのような存在感を放っていたことだろう。
昭和50年代には建て替えの議論もあったというが、卒業生や地域住民、教員らによる保存運動を経て、1988(昭和63)年に保存方針が決定。改修工事を重ねながら、築90年以上を経た現在も現役校舎として丁寧に使われ続けている。

一方で、渋谷区では「新しい学校づくり」に向けた建て替えロードマップを作成し、今後20年間で老朽化が進む区立小中学校の大規模な建て替えを順次進めていく方針を示している。広尾小学校についても、2036(令和18)年~2041(令和23)年頃に建て替え計画が検討されている。登録有形文化財であることから、歴史的意匠をどのように保存・継承していくかが大きな課題となる。街が変わり続ける中で、この校舎をどう未来へ受け継いでいくのだろうか――。
取材・執筆:フジイタカシ / 撮影:松葉理
※写真は2026年5月23日、「東京建築祭2026」の特別公開時に撮影







