SHIBUYA × WATCH
「以前、ここに何があったのだろう?」 街を歩いていると、ふとそんな疑問にとらわれることがある。かつてそこにあった建物やモニュメントを思い出せないのだ。都市の記憶は建物などの「物的な痕跡」と強く結びついており、それが消えると記憶も呼び起こしにくくなり、やがて忘却の彼方へと消えていく。私たちの記憶が、いかに社会的な枠組みによって支えられているかがよく分かる。
では、次の写真の中で「最近まで存在していたが、いまは消えてしまったもの」は何だろうか。
ハチ公前広場の地面タイルがレンガ調から赤みを帯びたものへ変わっている。この部分に何かがあったのだが、覚えているだろうか?(撮影:2025年 8月27日)
多くの人はすぐには答えられないだろう。正解は「庭園」とパブリックアート《地球の上で遊ぶこどもたち》である。忠犬ハチ公像がなくなれば大騒ぎになるはずだが、6人の子どもたちの像が消えたことに気付いた人は意外に少ないのではないだろうか。
区政70周年を記念し作られたパブリックアート《地球の上で遊ぶこどもたち》(撮影:2013年8月9日)
この記念像は2002(平成14)年、渋谷区政70周年を記念して、10月1日を「平和・国際都市渋谷の日」と制定した際に制作されたものだ。作者は不明であるが、地球の半球の上で、飛び跳ねたり、ヘッドスライディングしたり、背中と背中を合わせてぎっこんばっこんしたり……、6人の子どもたちが声を上げて躍動する雰囲気が伝わる素敵な作品である。


枯山水撤去工事仮囲いの風景(撮影:2025年3月28日)
渋谷駅街区土地区画整理事業の一環として、2025年3月27日から忠犬ハチ公像の背後に仮囲いが設置され、枯山水をイメージした「庭園」と子どもたちの銅像の撤去作業が進められた。
仮囲いの中のパブリックアート《地球の上で遊ぶこどもたち》と「庭園」(撮影:2025年3月28日)
工事中は、1959(昭和34)年当時の渋谷駅の風景写真をプリントした仮囲いが設けられ、忠犬ハチ公像とともに「昭和の渋谷」を背景に撮影できるフォトスポットとして人気を集めた。
昭和34年当時の渋谷駅をプリントした工事仮囲い。外国人観光客の人気フォトスポットとなっていた(撮影:2025年3月28日)
だが7月頃に撤去が完了し仮囲いが外れると、そこにパブリックアートがあったことを気に留める人はほとんどいなかった。都市の記憶とは、それほどあやふやなものなのだ。大規模再開発に伴い、渋谷駅周辺の風景は日々変化している。その過程で、私たちの記憶からも多くの風景や出来事が知らず知らずのうちに抜け落ちているのだろう。ちなみに《地球の上で遊ぶこどもたち》は現在、渋谷区で保管されているそうなのでご安心を。いつの日かどこかへ再設置される可能性もありそうだ。
多くの人々でにぎわう拡張した広場(撮影:2025年8月27日)
いまやインバウンド需要の増加により、渋谷スクランブル交差点周辺は常に人であふれている。銅像の撤去で広がった広場は、すでに多くの人々が集う新しい空間へと生まれ変わっている。過去の記憶が失われていくことに寂しさを覚える一方で、絶え間なく変化を続ける速さこそが、渋谷の魅力ともいえる。
「街の記録係」として、確かにそこに存在した6人の子どもたちの笑顔を、ここに記しておきたい。最後に、彼らが楽しそうに遊んでいた頃の写真をいくつか紹介して締めくくりたい。


左=ミニーのカチューシャを着けてはしゃぐ子ども(撮影:2014年8月27日)、右=雪の中で元気に遊ぶ子ども(撮影:2022年1月6日)


左=桜咲く春の訪れを喜ぶ子ども(撮影:2022年3月28日)、右=コロナ禍にマスクを着用して遊ぶ子ども(撮影:2020年3月25日)