心躍る世界を、渋谷から。

SHIBUYA × INTERVIEW

建築は、世の中の空気を変える力を持つ。渋谷の街で、その可能性をかたちにしたい。
内藤廣さん

建築家/東京大学名誉教授/多摩美術大学学長

建築は、世の中の空気を変える力を持つ。
渋谷の街で、その可能性をかたちにしたい。

プロフィール

東京大学名誉教授。多摩美術大学学長。1950年、神奈川県横浜市にうまれる。1976年、早稲田大学理工学部建築学科を卒業。同大学大学院修士課程を修了後、スペインのフェルナンド・イゲーラス建築設計事務所に勤務。1979年、菊竹清訓建築設計事務所に所属。1981年に独立し、内藤廣建築設計事務所を設立。2001年から東京大学大学院工学系研究科で教べんをとり、2023年より多摩美術大学学長を務める。代表作の「海の博物館」(三重県鳥羽市)で日本建築学会賞や芸術選奨文部大臣新人賞などを受賞。その他の主な建築作品に「安曇野ちひろ美術館」「牧野富太郎記念館」「島根県芸術文化センター」「とらや赤坂店」「銀座線渋谷駅」「京都鳩居堂」「紀尾井清堂」など。

渋谷駅周辺の再開発プロジェクトが大きく進展している。長年このプロジェクトのキーパーソンとして関わってきた建築家・内藤廣さんは、渋谷ならではの雑多さや人の流れを、いかに次世代に引き継ぐかという課題に向き合い続けてきた。そうした経験や思考をもとにした展覧会が、まもなく渋谷で開催される予定だ。その内藤さんに、渋谷再開発に込めた思いや、これからの街への展望、さらに展覧会の見どころなどを語ってもらった。

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渋谷駅の再開発工事が本格的に始動する直前、2008年に取材した内藤廣さんのインタビュー記事です。当時の想いはどうだったのか、17年前のインタビュー記事も併せてチェックしてみてください。

渋谷は多様性のあるビオトープみたいな街。未来は自由な気分でいられる街になってほしい。(2008年9月26日)

渋谷が培ってきた“匂い”や“気配”を、
いかに次の時代につなげるかを考え続けた

これまで進められてきた渋谷の再開発プロジェクトによって、街はどのように変化しているとお感じでしょうか。

最近になってようやく具体的なかたちになってきました。多様性や雑多性を内包する、渋谷らしい“ビオトープ”が新たに再生されてきたと思います。僕が再開発に関わり始めた頃の渋谷は、今とはかなり違いました。IT企業は他のエリアに出ていくし、東京国際映画祭もなくなって、ちょっと暗い雰囲気が漂っていたんです。このまま衰退していくのかな、という兆しすらあった。街に多様性はあったけど、エネルギーが失われつつあったのでしょう。今ではそんな頃があったなんて、忘れられていますけどね。それが再開発によって、また新しいことを発信する力が戻ってきたように感じます。超高層ビルが建って、GoogleなどのIT企業も戻ってきて、街のユーザーが変わったことで空気も変化してきましたね。もともと渋谷の面白さって、戦後の名残みたいな街並みにあったと思うんです。でも、ユーザーが世代交代していく中で、変わらなきゃいけない部分もあった。それが、全部壊されるのではなく、良い形で残されながら引き継がれていると感じています。

古く良き昭和の香りを残す「のんべい横丁」と、再開発が進む駅前のコントラストが、渋谷の街の魅力の一つとなっている。

渋谷らしさを残すために、特に大切にされたことがあれば教えてください。

街には、それぞれ独自の“癖(くせ)”や“質(たち)”とでもいうべき気配があるものです。再開発で立派な街をつくることにより、それが失われてしまうことがあります。完全に人工的に再開発された街って、どこか似たような景色ですよね。高いビルなんて、シンガポールにも上海にも、もっとすごいのがいくらでもあるわけで。そういう場所には、外国人観光客もあまり興味を持ちません。むしろ、独特の“匂い”みたいなものに面白さを感じて集まってくる。だからこそ、バランスが大事なんですよ。

もちろん、役所としては利便性の高い、きれいな街を目指すのは自然なこと。だから何度も、「片目をつぶってください」とお願いしました。整いすぎない、ちょっとグレーな部分を残してほしいって。開発事業者にも、できるだけ渋谷らしい気配を残したいと伝えました。

それがうまくいったのは、渋谷宮益町会相談役の小林幹育さんや渋谷道玄坂商店街振興組合理事長の大西賢治さんなど、地域のキーパーソンが再開発に積極的に関わってくれたからです。こういう地元のまとめ役が正面から街づくりに参加した例は、渋谷以外では知りません。委員会でも、まず小林さんや大西さんに模型や資料を見てもらい、最初に意見を出してもらう。そして、「これはいいね」とか、「ちょっと違うな」といった感覚的な言葉に耳を傾けて、渋谷のDNAのようなものを街づくりに取り入れたのです。そうやって街の歴史や匂いを消さずに再開発を進めることは、最も難しく、そして面白いところだと改めて感じましたね。

渋谷はまるで都市の“森”。
自分だけの空間を見つけて、自由でいられる。

渋谷の地形は、街の成り立ちや魅力にどのような影響を与えてきたのでしょうか。

渋谷の面白さは、地形にも関係してると思います。ご存じのように、渋谷は「谷」なんですよね。新宿は「丘」、丸の内は「平地」。谷底にある渋谷は、もともと湿地だったり、川が流れていたりして、立派な屋敷が建つような場所じゃなかった。だからこそ、いろんな人の思いが自然にたまりやすい。しかも交通の結節点でもあるから、マイナーなものとメジャーなものが自然と出会い、混ざり合う場所になる。そういう背景が、渋谷の雑多で魅力的な空気をつくってきたんだと思います。

そして谷地形であることは、街歩きの面白さにもつながっています。渋谷って、道が放射状に広がり、入り組んでいますよね。ちょっと迷いやすいが、とにかく下れば駅に出られる。意識していない人も多いかもしれませんが、これはかなり大きな特徴だと思います。

そういえば、ある平日の午後、スクランブル交差点で2人の女子高生が立っていたんです。たぶん地方から、学校をさぼってきたのでしょうね。「これが渋谷だよね」って笑いながら話していて。そのとき、彼女たちには、渋谷がまるで“森”みたいに見えているのかもしれないなって思ったんです。駅前から放射状に道が広がっているから、道玄坂を上ったり、宇田川町のあたりに入れば、ちょっとした路地にすぐに身を隠せる。どこを歩いていても、自分だけの空間がある。誰にも知られず、自由でいられる。そういう街って、なかなかないんじゃないかと思います。

再開発において、地形的な特性をどう生かしているのでしょうか。

そんな渋谷の地形を生かすために、再開発で意識しているのが「アーバン・コア」という考え方です。アーバン・コアというのは、商業施設の低層階をオープンな空間にするなどして、駅や街、そして地下と地上をスムーズにつなげる仕組みです。そこから歩行者デッキを街に向けて伸ばし、人の流れを自然に街の中へと送り出す。アーバン・コアとデッキがつながることで、移動のしやすさが高まるだけでなく、立体的で複雑な空間となって街歩きも楽しくなる。いわば、新しい“森”のかたちです。

でも実は、このアーバン・コアは、事業者にとってはあまり気の進まない提案なんですよ。というのも、低層階は商業的にすごく価値がある場所だから、パブリックな空間にするのは抵抗がある。でも、建物の中だけで完結してしまうと、街全体に人の流れが広がらない。だから僕は、「地上と地下の3階までは、地域の人たちの場所だと思ってほしい」って、よく言っているんです。そういう話を丁寧に続けてきた結果、事業者の皆さんも理解を示してくれて、アーバン・コアを取り入れることができました。

渋谷の谷地形を克服し、地下から上層階までの縦移動を簡便にする「アーバン・コア」。渋谷駅周辺の再開発プロジェクトの重要な機能の一つとして、必ず取り入れられている。

アートやデザインには、世の中を変える力がある。
渋谷でその動きをかたちにしたい。

現在進行中のプロジェクトについて、今後の街づくりに特に重要と考えている取り組みがあれば教えてください。

さまざまなプロジェクトが動いていますが、将来的に渋谷の新しいランドマークの1つになりそうなのが、東京メトロ銀座線の渋谷駅ホームのすぐ上に設置される予定の「スカイウェイ(仮称)」です。この空中回廊は、渋谷ヒカリエや渋谷スクランブルスクエア、さらに渋谷マークシティとも接続される計画で、完成すれば人の流れが大きく変わるでしょう。実際、建設予定地に立ってみると、ハチ公前広場と東口広場が一つの空間に見えてくるんです。今まで分断されていたエリアが、視覚的にも動線としてもつながっていく。

歴史的に見ると、渋谷では東側の宮益坂と西側の道玄坂って、少し距離感があるエリアだったんですよ。昔から、商店会同士で競い合うようなところもあって。スカイウェイができることで、その境界が自然とつながっていく。そうやって、渋谷全体が一つのイメージにまとまっていくのは、すごく良いことだと思っています。

谷地形や鉄道、幹線道路によって分断されてきた渋谷の東西を、東京メトロ銀座線・渋谷駅のM字型屋根を活用した空中回廊「スカイウェイ(写真中央)」によって一つにつなごうとしている。

今後の渋谷の再開発に向けて思いをお聞かせください。

今、日本全体に悲観的な空気が流れているように感じます。このまま少しずつ衰退していくのも仕方ないのかもしれない、そんなふうに思っている人も多い。でも、本当にそうなのかなと。

僕は、アートやデザインの力には、そうした空気を変える可能性があると思っています。AIの進化で情報化が加速するなか、クリエイティブであることの価値が、今の空気をひっくり返せるかもしれない。そういう“スペードのエース”のような一手を、渋谷という場所で切りたいと思っているんです。

渋谷の街を歩くと、誰もが何かしらインスパイアされる。情報化が進むほど、そういう身体的な体験が、もっと大切になってくるはずです。そんな思いを抱いて、これからも渋谷の再開発に取り組んでいきます。

ものづくりへの情熱と現実のはざまで揺れる、
建築のプロセスをそのまま伝えたい。

7月に渋谷で開催される展覧会「建築家・内藤廣 赤鬼と青鬼の場外乱闘 in 渋谷」は、どのようなねらいや思いを込めて企画されたのでしょうか。

2023年に島根県益田市の島根県立石見美術館(島根県芸術文化センター/グラントワ)で展覧会を開かせてもらいました。建築を専門としない方々にも楽しんでもらいたいと思って、展示の中で情熱的な「赤鬼」と理性的な「青鬼」が掛け合いで解説する形式にしたんです。まるで漫才のようなやりとりで建築の面白さを伝える、ちょっとユーモラスな仕掛けでしたが、思いのほか好評でした。

建築家という職業は、なかなか難しい仕事です。ものづくりへの情熱が何より大事ですが、それだけでは成り立たない。技術や法律、経済の知識など、現実とのバランスが常に求められます。建築家の思いばかりが先行すれば、本人は満足しても、機能性や耐久性に問題が生じたり、施主とのトラブルにつながったりする。一方で、現実に寄りすぎると、今度は無難で面白みのない建物になってしまう。常にその両極の間で揺れ動いているのが、この仕事の本質です。そのせめぎ合いを、「赤鬼」と「青鬼」というキャラクターに託して語らせた展覧会を、今回、渋谷でも開催させてもらうことになりました。

かつて東急東横線・渋谷駅のホームと線路があった場所に整備された、渋谷ストリーム2階の貫通通路。「かまぼこ屋根」や「メガネ型(クラム型)の壁」などの意匠は、当時の駅構造をオマージュして再現されている。通路からエスカレーターで4階へ上がると、展覧会の会場「渋谷ストリームホール」の入口がある

今回は「Unbuilt(実現に至らなかった)」プロジェクトも展示されるそうですね。それらをあえて紹介するのは、どのような理由からでしょうか。

普通、展覧会というと「こんなに立派な建物ができました」と、成果を発表する場ですよね。でも、実際にはコンペで負けたり、実現しなかったりしたプロジェクトにも、後につながっていくような大事なアイデアがたくさんあるんです。だから今回の展示では、あえて“素っ裸”になって、そうした実現に至らなかった案もお見せすることにしました。ドローイングを描き直したり、模型を作り直したり、一見すると無駄に思える作業かもしれません。でもそれが、「このプロジェクトでは、赤鬼さんがちょっと強く出すぎたかな」とか、自分の仕事を客観的に振り返るすごくいい機会になっています。そして、たとえ表面的には“失敗”に見えるものでも、自分の中で完全に終わったわけではなくて、その後のプロジェクトに確実につながっている。それを再確認できたのは、大きな収穫でしたね。

会場では「渋谷駅周辺計画/20XX年(模型)」をはじめ、東京メトロ銀座線渋谷駅、島根県芸術文化センター「グラントワ」、野富太郎記念館などの模型が展示される。 ©内藤廣建築設計事務所

建築は、もっと身近で面白い。
その魅力を分かりやすく伝える展覧会にしたい。

今回は渋谷での開催となりますが、この街だからこその見どころや、意識された点があれば教えてください。

益田市での展覧会からは、展示の構成を見直しました。今回は、渋谷駅周辺の大規模な模型も新たに展示しています。2034年度に完成予定の駅周辺を1/200スケールで再現した都市模型に加え、東京メトロ銀座線渋谷駅と跨道橋の1/20の模型も並べました。駅と跨道橋はすでに現実の街に建っているものですが、模型という異なる目線から眺めることで、新しい発見がきっとあると思います。

さらに、益田市の市街地の模型も並べて展示しますが、これも対比としてなかなか面白い。渋谷は、1日あたりの駅の乗降客数が300万人に達するような都市ですが、益田市はかつて、「過疎」という言葉が初めて使われたと言われる地域。まさに両極端ですが、どちらも今の日本を表しているリアルな風景なんですよね。その二つを並べてみることで、何か新しい視点が生まれたらいいなと思っています。

この展覧会をどのような視点で楽しんでほしいとお考えでしょうか。

普段は建築にあまり関わりのない方々にも、ぜひ足を運んでもらいたいと思っています。建築って聞くと、「立派な建築家がいて、その人の作品はすごい」みたいな、ちょっと近寄り難さを感じる方もいるかもしれません。でも実際の建築物って、一人の建築家がつくり上げるわけではなく、地域で暮らす人たちや、現場で手を動かす職人さんたちなど、たくさんの人との関係性の中で生まれてくるものなんです。

きっと皆さんが思っている以上に、ずっと面白くて、ずっと豊かな世界がそこにはあります。特に子どもたちや若い世代の方たちに、「建築ってこんなに面白いんだ」「自分もこういう仕事をしてみたいな」って思ってもらえるような、そんな展覧会にできたら何よりうれしいですね。

開催概要

名称:建築家・内藤廣 赤鬼と青鬼の場外乱闘 in 渋谷
会期:2025年7月25日(金)~8月27日(水)11:00~20:00
会場:渋谷ストリーム ホール
料金:一般1500円、大学生以下1000円、未就学児無料
主催:「建築家・内藤廣展 in 渋谷」実行委員会
後援:渋谷区
公式:https://naito-shibuya2025.shibuyabunka.com/

取材・執筆:二宮良太 / 撮影:松葉理