SHIBUYA × WATCH
再開発が進み、多様な人材や価値観が交差する渋谷。その街でいま、公教育のあり方が大きく変わろうとしている。学校という枠を越え、企業や地域、保護者といった多様な大人たちが学びに関わり、子どもたちとともに未来をつくる――。本シリーズでは、渋谷区立小中学校を舞台に進む先進的な取り組みを通して、「企業×公教育」が切り拓く新たな学びの可能性と、その先に見える渋谷の未来像を2回にわたり紹介する 。
2025年9月、渋谷区立小中学校の「青山キャンパス」が、渋谷駅や表参道駅のほど近くに誕生した。小中学校の建て替えに伴う仮校舎で、現在は広尾中学校、松濤中学校の2校が利用している。2026年夏からは神南小学校も加わる予定だ。しかし、青山キャンパスは、単なる「建て替えを待つための仮の居場所」ではない。渋谷区が掲げる学校の将来像「未来の学校」のコンセプトを体現する場であり、学校が外へと広がっていくための壮大な実験場といえる。その象徴が、校舎内に設けられた「未来共創空間」というスペースだ。

ヘンテコ楽器、カードゲーム、工作の材料……未来共創空間には子どもの好奇心を刺激するものが所狭しと置かれている
「学校=外から見えない場所」という常識が変わる一歩に
「未来共創空間」に一歩足を踏み入れると、3Dプリンターや高スペックのPC、すぐに動画撮影ができる設備が並び、中央にはフレキシブルにレイアウトできるデスクとチェアが置かれ、まるでスタートアップのオフィスのような雰囲気だ。この場の運営には、東急株式会社(以下東急)と特定非営利活動法人VIVITA JAPAN(以下VIVITA)が関わっている。これまで渋谷で子ども向けワークショップ等で連携してきた両者が、共同事業体として渋谷区の公募に手を挙げた。現在も協力して日々の運営とコーディネートを行っている。

プロ仕様の動画配信セットも常備! スタジオのようだ
渋谷区が進める「未来の学校」プロジェクトでは、ハード面として青山キャンパスを皮切りに校舎の建て替えが進む一方、ソフト面では2024年度より区立全小中学校で探究学習として探究「シブヤ未来科」がスタートした。文部科学省の「授業時数特例校制度」を利用し、国語や算数・数学といった教科の授業時間を1割削減。その分、年間約150時間を「総合的な学習の時間」に充て、探究「シブヤ未来科」を行っている。子どもたちは、教科学習で得た知識や技能を使いながら、自ら立てた問いについて、周囲と協力しながら解決をし、新たな問いに向かっていく。教員から「教わる」受け身の立場ではなく、一人ひとりが自分の興味を主体的に掘り下げていくのが、最先端の学びのスタイルというわけだ。この探究学習を支える場として、「未来共創空間」が活用されている。
探究「シブヤ未来科」では、学年やクラスで共通テーマに取り組む「テーマ探究」と、一人ひとりが好きなことや気になることから問いを立て深堀りしていく「My探究」がある。多くの学校ではMy探究のテーマに応じ、いくつかのゼミを設置。似たテーマを持つ仲間が集まり、教員らが伴走しながら探究を進めている。青山キャンパスで学ぶ広尾中学校も同様で、未来共創空間にはMy探究(広尾中では「マイプロ」という名称)の授業時間になると「ミラソ(未来共創空間の略称)ゼミ」に所属する生徒たちが集まって来る。

「ミラソゼミ」の様子。東急、VIVITAに所属する大人=「クルー」が生徒たちの壁打ち相手になる
子どもたちに「教える」のではなく「伴走」する
東急のフューチャー・デザイン・ラボに籍を置く上東茉弥(かみひがし・まや)さんは、同じフューチャー・デザイン・ラボ所属の同僚やVIVITAのメンバーとともに未来共創空間のクルーとして勤務している。もともと子どもの学びに強い関心があり、東急の新規事業部門であるフューチャー・デザイン・ラボの教育チームに参画。渋谷区の小中学校で、渋谷区内のIT企業と連携した課題解決型学習やプログラミング学習の授業に携わるなど、公教育と関わる事業を担当してきた。今回は未来共創空間での授業の様子を見せてもらうとともに、上東さんに話を聞いた。

東急に入社する以前には、定時制高校でのサードプレイスづくりにかかわった経験も持つ上東さん。教育にかかわる仕事ができるのではないかと考え、東急の門を叩いた
授業が始まると、生徒たちはそれぞれの作業を開始。動画を編集してムービーの制作する子、紙飛行機を飛ばす装置を作るために試行錯誤を重ねる子、モデリングソフトを操作して学校で使える便利グッズを設計し、3Dプリンターで出力する子など、作業内容は多岐にわたる。上東さんを含むクルーは、ミラソ内を動き回りながら、生徒たちに声をかける。生徒たちも、黙々と自分の作業に集中する者、チームで作業を進める者、立ち上がって近くにいる生徒に話しかける者など、その姿は多様だ。いわゆる「授業中の教室」とは異なる風景がそこにあった。

3Dプリンターが思ったように動かず困っていた生徒のひとり。その様子を見て、クルーが駆け寄る
未来共創空間に常駐するクルーの役割は、「教える」ではなく「伴走する」こと。クルーは生徒一人ひとりの個性や進捗をきめ細かく把握している。「次回はどんな声かけや、働きかけをするのかは、毎回授業後に1時間半かけてミーティングを行い、一人ひとりについて計画しています」と上東さん。その姿勢は、教育者というよりプロジェクトマネージャーに近い。例えば、3Dプリンターで便利グッズを制作する生徒には、「学年全体にニーズをヒアリングしてみては?」と提案したが、本人が恥ずかしくてできないと難色。そこで本人とじっくりと話し合い、「アンケート形式ならできるかもしれない」と方向性を再検討し、クルー内で対応を協議したという。もちろん、計画通りに進まないことも当然ある。生徒のモチベーションやコンディションはその日によって大きく異なるため、「作業に集中したい様子の日は、無理に声かけしない」など臨機応変に対応している。

授業後のミーティング。生徒が書いたメモを見ながら、その日の振り返り、次回のサポートを話し合う
「先生」ではない大人が学校の中にいる意味
未来共創空間の最大の価値は、教員でも親でもない、あだ名で呼び合えるフラットな関係の大人がいる点にある。「休み時間にふらっとやって来て、プライベートな話をして帰っていく子もいます。先生や親とは違う立場の大人に聞いてほしい気分のときがあるのかもしれないですね」と上東さんは微笑む。放課後もオープンする未来共創空間(ミラソ)には、広尾中と松濤中、両校の生徒が学年やクラスを問わず立ち寄る。大学生がやって来て、生徒とともにTRPG(テーブルトーク・ロールプレイングゲーム)を楽しむ日も。施設内には、ボードゲームやものづくりの道具がそろい、「ナゾトキ」や「TRPG」などのプロジェクトメンバーを募集する掲示があったりと、子どもたちの興味関心や人とのつながりを広げる仕掛けが随所に見られる。

ミラソに貼られているナゾトキクリエイター募集。ここから学年、学校を超えた仲間との出会いが
また、通常の教室とは違う場所だからこそ、予想外の成長がみられる例もある。普段の授業では支援が必要な生徒が、「ミラソゼミ」ではモデリングソフトと3Dプリンターを活用し、自主的に「My探究(マイプロ)」を進めている。ミラソでの授業中にはクルーが隣に座って、丁寧にサポートする様子が見受けられたが、その生徒に限らず、すべての生徒に対して個別最適なサポートを行っている。「今までは文字を書くのが難しくて、私たちがインタビューしてレポートを代筆していたのですが、今日は自ら書いていたんですよ!」と上東さんも驚きを隠さない。

ものづくりのインスピレーションがわくような素材も多数置かれている
学校内に「企業で働く社会人」がいることのもう一つの意義は、「社会との接続」にある。ゲストティーチャー的にやってきた社会人の講義を単に聞くのではなく、クルーたちが持つ広く多様な人脈を通じて、さまざまな職種の社会人とつながることができる。例えば「シャープペンシルの芯がなぜ折れにくいのか」を探究する子には「文具メーカーの人と話してみる?」と提案し、ゲームを作りたい子にはゲームクリエイターを紹介し、絵を描くのが好きな子にはデザイナーをつなぐ。こうした対話の時間を持つことで、生徒たちは次なるアイデアや新たな視点を得ている。

ミラソのクルーたち。この紹介パネルを見ると、子どもたちが「気さくに話せそう」と感じるのもうなづける
「学校」と「企業」がつながることで、未来の渋谷が変わる
企業が公教育に関わることで教育が変化することは想像しやすいが、企業側が教育現場にコミットする意味は何なのか。東急の場合は、それは沿線価値の向上である。教育水準の向上は「住みたい街」としての魅力を高め、結果として自社の事業基盤の強化につながる。さらには「街を支えるキーパーソンを育てる意味もあります」と上東さん。将来の利用者、さらには将来ともに共創できる人材を育てることが、自社の事業戦略にもつながっていくのだ。
彼女のように企業人材から教育現場に入る個人にも、その効果は大きい。例えば、教育現場では、予想もつかないほどスピーディに状況が変化する。「行事準備に予想以上に時間がかかったから、明日の授業予定を来週に移動させる」といったことも珍しくない。生徒の意欲も「先週までやる気に満ちていたのに、今週は全くやる気がない」など日によって大きく揺れ動く。そのような状況に的確に対処する場面は、大人ばかりの現場ではなかなかない。また、教育現場で働く教員と、組織や団体の論理で動く社会人を接続する経験を通じて調整能力も磨かれる。

もともと教育現場にかかわる仕事を目指していた上東さんは「やりたいことができていて、まさに夢が叶いました!」と話す
ミラソで生徒と対話をした社会人からは、「自分の知識やスキルが子どもの役に立ってうれしかった」「子どもたちからエネルギーをもらった」という感想が多く聞かれる。自分が培ってきた専門性が次世代の育成に生かされる実感は、大きなモチベーションにもなる。クルーにとっても、「子どもの成長を間近で見られること」は何よりのやりがいだ。放課後、コミュニケーションが苦手で、まわりと打ち解けにくかった子が、初対面の生徒と趣味の話題で盛り上がっている姿を目撃したとき、何物にも変えがたい喜びがあるという。生徒たちにとっても、世代を超えたつながりを通じて「自分と合う人がいる」「自分を助けてくれる大人がいる」と実感できることは、何よりの自信になっているだろう。

世代を超えた対話は、大人にも子どもにも大きな意味を持つ
民間企業に身を置きながら教育現場にコミットし、次世代を育てると同時に、自らの事業にも価値を還元していく。こうした循環を担うのが、これからの渋谷に、日本に必要な「共創人材」なのだろう。「大人が教える」のではなく、大人と子どもが一緒に面白い未来を創る―――。未来共創空間は今後、渋谷区の各小中学校に広がっていく予定だ。ここから生まれたイノベーションが、渋谷をよりクリエイティブなまちに変えていくはずである。







