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【企業×公教育 渋谷の未来②】シブタンが構築する街ぐるみの 学びのエコシステム
渋谷区立小中学校

【企業×公教育 渋谷の未来②】シブタンが構築する街ぐるみの 学びのエコシステム

再開発が進み、多様な人材や価値観が交差する渋谷。その街でいま、公教育のあり方が大きく変わろうとしている。学校という枠を越え、企業や地域、保護者といった多様な大人たちが学びに関わり、子どもたちとともに未来をつくる――。本シリーズでは、渋谷区立小中学校を舞台に進む先進的な取り組みを通して、「企業×公教育」が切り拓く新たな学びの可能性と、その先に見える渋谷の未来像を2回にわたり紹介する 。

社会の移り変わりなどを背景に、保護者と教職員が子どもたちのために活動するPTAが縮小傾向にあり、積極的に参加する人も減っているといわれている。そうした中、渋谷区では企業の人事部長や取締役、公認会計士、起業家教育のプロなど、第一線で活躍するビジネスパーソンがPTA会長を務め、時代に合わせた改革を進めている。さらにはPTAの枠にとどまらず、公教育を支えるプラットフォーム「一般社団法人シブタン」(以下シブタン)を立ち上げ、本業さながらの熱量で活動している。

彼らの背中を押したのは、授業時間を1割削し「探究的な学び」に充てるという、渋谷区によるドラスティックな教育改革だった。PTAをはじめとする地域や公教育を支えるボランティア活動は一見ビジネスと無関係に見えるが、AI時代においては重要な意味を持つと彼らは語る。20年後の渋谷を世界で唯一無二の都市へ成長させるため、教育と企業をつなぐ取り組みの裏側をのぞかせてもらった。

話し出すと笑顔が絶えず、仲の良さが伝わってくる。

「あいさつだけ」のはずが、教育の本質に迫るまで

渋谷で暮らし、第一線で活躍するビジネスパーソンが「公教育」に本気で関わることになったきっかけは、意外にも身近な誘いだった。多忙な家庭が多く、PTA会長の担い手不足は、渋谷に限らず全国共通の課題となっている。次年度のPTA会長を探していた関係者から「会長の仕事は入学式と卒業式、あと運動会であいさつするだけだから」と声をかけられたシブタン代表理事の山田裕介さんは、少し悩んだ末、「あいさつだけなら」と引き受けた。しかし、実際には4月から多くの業務に追われることになったという。「蓋を開けてみたら、フルスロットルで動かないといけなくて……(笑)」と山田さんは当時を振り返る。シブタン理事の北村俊生さん、佐々木健介さん、監事の池田聡史さんも同様に、「負担はないから」と誘われてPTA会長に就任した。

(右)山田裕介さん。シブタン代表理事。外資系企業の人事責任者や国内大手飲料メーカーの人事部長を歴任。現在は民間企業の組織・人材開発および人事部長。小学生と高校生の子の父であり、渋谷区内の小学校PTA会長を6年務め、うち3年は小学校PTA連合会長も。その手腕から「レジェンド」との異名も
(左)北村俊生さん。シブタン理事。現在は化粧品会社の取締役を務め、過去には製薬会社や政府系ファンドでの勤務経験も。小学生と中学生の子の父であり、小学校PTA会長に加えて、山田さんの跡を継ぎ小学校PTA連合会長も務めた

4人とも共通していたのは、「教育に対する問題意識」である。佐々木さんは「仕事で若い起業家と関る中で、教育が全く変わらないというのは聞いていて。実際子どもが小学校に入学してみたら、自分の時代と何も変わっていないのに驚きました」と語る。状況を詳しく知るため、学校行事やPTA行事に積極的に参加するようになったという。政府系ファンドで働いていた経験を持つ北村さんも「日本の先行きを明るくするには教育が、1丁目1番地じゃないかと感じました」と続ける。

(左)佐々木健介さん。シブタン理事。起業家教育や未来のリーダー育成を本業としており、若者のための環境作りやプログラム提供を行う。小学生と中学生の子を持つ父で、仕事でつながりのあった保護者から誘われ、2年で辞めるつもりだった小学校PTA会長を6年務めた
(右)池田聡史さん。シブタン監事。会計士として会計事務所を経営。独立前の事務所では会社設立や不動産投資などにも携わっていた。小学生向けのミニバスのコーチをしていたことから声がかかり、小学校PTA会長に。小学生2人の父

そんな彼らが、渋谷区内のPTA会長が集まる連合組織で出会い、活動していた時期に渋谷区教育委員会から大胆な方針が示された。次年度から授業時間を1割削減し、その分を探究「シブヤ未来科」に充てるというものだ。会議ではこの決定に対して多くの質問が相次ぎ、会議が一向に進まなくなる場面もあったという。

当時、PTA会長のトップに立つ連合会長を務めていた山田さんは、この方針の背景を教育委員会に直接確認。その結果、「この取り組みは、日本の教育を変えるきっかけになる」と確信したという。「外資系企業の人事担当だった頃、世界の優秀な人材が集まる場面で日本人が勝てないと感じていました。それは英語力ではなく、思考や経験による部分が大きい。そこを打破できるのが探究活動であり、シブヤ未来科じゃないかと思ったんです」(山田さん)

一方で、公教育の中で探究活動を定着させることは容易ではない。他自治体でも苦戦している事例がいくつもあった。そこで山田さんは「自分たちが足りないピースを埋めることで、この取り組みを成功させたい」と考え、渋谷のまち全体が学びのフィールドになるエコシステムを構築するため、共に活動してきた仲間に声をかけた。続々と賛同者が集まり、さらには元・文部科学副大臣である鈴木寛さん、東京学芸大学副学長である金子嘉宏さんなど教育専門家が顧問に加わったことで、シブタンの体制は整い発足した。

「AIにできないこと」を子どもから学ぶ、その先の未来

探究「シブヤ未来科」という壮大な実験を、裏方として支えるのがシブタンである。渋谷区教育委員会と連携しながら、学校、地域、企業の境界を越えた学びのエコシステム構築に力を注いでいる。象徴的なのが、各小中学校に配置されている「フェロー(コーディネーター)」の存在だ、PTA会長のネットワークを通じて集まったメンバーが、学校のニーズを聞き取り、協力企業や団体、教育関係者との橋渡しを担う。現場の教員の負担軽減にもつながり、学びの質向上にも寄与している。年に一度開催される探究「シブヤ未来科」の集大成イベント「探究フェスティバル」(以下探究フェス)では、シブタンが運営をサポートし、多くの企業・団体のブース出展。中でも「体験交流ゾーン」は、子どもたちが最先端の技術や知見に触れ、学びを深める場に。また、ブースを訪れた教員たちにとっても、企業・団体など外部との接点を広げる機会となった。

さらに、子どもたちが「当事者」として社会を動かす「ジュニアボード」の取り組みも特徴的だ。渋谷区の小中学校から集まった子どもたちが、シブタンの子ども版役員として主体的に探究活動に取り組んでいる。「探究フェス」では、「フェスをもっと盛り上げるには?」という問いのもと、オープニングムービーの制作やスタンプラリーの企画などを実施。自ら課題を見つけ、探究のフィールドを切り拓いていくその姿は、まさに未来のリーダーを感じさせる。

探究フェスでは「体験交流ブース」にシブタンもブースを構え、ジュニアボードのメンバーが発表を行った

こうした現場で、大人たちが得る発見も計り知れない。ある中学校の探究発表会の場で、中学生が放った言葉に佐々木さんは衝撃を受けたという。論理的な説明の途中で 、その生徒は「こんな内容はAIに任せればいいですよね?ここからは主観で説明します」と、自分が感じたことを話し始めた。佐々木さんは「ビジネスでは、論理的に構成された内容こそ説得力があると考えていたが、生徒はそれをAIに聞けばいいから意味がない」という考えだったことに驚いたといい、「時代の最先端にいる子どもたちが何を感じているのかを直接聞くのは、かなりインパクトがありました」と振り返る。子どもたちとの共創を通じて、大人の固定観念を壊すような多様な価値観に触れ、「違う角度で物を見る」力を鍛え直される。同質の人が集まる組織内では体験できないコミュニケーション力、課題発見力を高める機会にもなっているという。

探究フェスでの発表の様子。発表後は質問や感想などを聞き、対話するのも大切な時間だ

シブタンの活動は、参画する大人にとっては「学び直し」の機会となっている。ピラミッド組織ではなく、互いを尊重し自律的に動く、いわば「DAO(分散型自律組織)」的なコミュニティに身を置き、お互いを尊重しながら自分のやりたいことを実現する。山田さんは「組織に属していると、どうしても利益を追いかけて利己的になってしまう。そこに社会活動を通じて利他的に考える場面が加わることでバランスが保たれる」と話す。こうした経験がウェルビーイングの向上にもつながるという。「子どもたちのため」が巡り巡って自分のためになるのだ。

こうした探究的な学びのサポートを通じて、保護者や地域、企業といった多様な大人が集まること自体が、これまで閉ざされていた「学校」をオープンな共創の場に変える大きな変革になる。探究活動が推進されることで、学校は子どもと大人が学び合う新たな「学びの場」に進化している。

なぜ今、ビジネスパーソンは「公教育」を耕すのか

池田さんが大学時代から意識していたのが、「教育は国家百年の計」という言葉だ。「教育のあり方次第で、国が良くなることもあれば、ダメになることもある。今まさにその最前線にいると感じます」と話す。「シブヤ未来科」が軌道にのり、公教育の中で当たり前の学びのスタイルになっていけば、やがて日本に大きな変化が起きるかもしれない。起業家育成に携わってきた佐々木さんも「教育は簡単に変わらないと聞いてきたが、渋谷区では区長や教育委員会が自ら変えようとしています。ここで成功事例ができれば、他自治体にも広がっていくでしょう」と期待を寄せる。

また、探究活動の広がりは、企業の人材採用のあり方にも影響を及ぼす可能性がある。池田さんは「小中学生との共創は企業の人材パイプラインの蓄積にもなります。また探究活動で一人ひとりの個性が可視化できれば、数回の面接とエントリーシートをもとに採用した人材が社風に合わないというミスマッチもなくなるはずです。今までのような新卒一括採用というモデルは崩れるのでは」と予測する。自ら問いを立てて、プロジェクトを動かす経験を積んだ子どもたちは、社会で求められているスキルをすでに身に着けていると考えられる。入社後に多大なコストをかけて人材を育てなくても、自立した人間が育つ土壌が、公教育の中に出来上がりつつあると言える。

探究フェスでは山田さんも参加者に向けて発信を行った

一方で、企業や団体にとって、公教育にかかわる短期的な成果は見えづらいかもしれない。でも、幼少期に企業の志や活動に触れた子どもたちが、10年後に「あの時、一緒に活動した会社をもっと良くしたい」と、自ら門を叩いてくれるかもしれない。あるいは、自立心に長けた起業家マインドを持つ若者が増え、のびのびと自ら立てた問いの解決に向かっていく「探究者」があふれていくのかもしれない。「渋谷はカルチャーの最先端の街というイメージが強いと思いますが、今後はシリコンバレーのような、ビジネスでも最先端をいく世界の中心になる。そんな街を渋谷の子どもたちが作ってくれる。そう確信しています」。北村さんの言葉に全員がうなずいた。

古川はる香(tannely)

古川はる香(tannely)

渋谷区在住約20年。女性誌、育児誌などでもライターとして活動中。渋谷に住むママ目線での情報をお伝えしていきたいです。