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「消してもまた現れる」渋谷の落書き問題 渋谷立体パーキングの新しい挑戦
宇田川通り

「消してもまた現れる」渋谷の落書き問題 渋谷立体パーキングの新しい挑戦

再開発が進む渋谷の街を歩くと、仮囲いやシャッター、公共施設の壁面などに描かれた落書きが目に入る。多くの人が行き交い、常に注目を集める渋谷にとって、落書き問題はごみのポイ捨てと並ぶ都市課題の一つとなっている。

左=再開発が予定されるビル(2018年撮影)、右=渋谷駅前の柱(2022年撮影)

左=「落書き禁止」の掲示も効き目がない(2026年撮影)、右=駅高架下の工事現場(2022年撮影)

落書きは、一度消しても時間がたてば再び描かれる――いわば“いたちごっこ”の構造を抱えている。単なる景観の問題にとどまらず、「管理されていない空間」という印象を与え、さらなる落書きやポイ捨てなどの迷惑行為を誘発する要因にもなり得る。都市の秩序や安心感とも密接に関わる問題だ。

一方で、渋谷は「グラフィティ」と呼ばれるストリートカルチャーの発信地としての側面も持つ。「表現」と「違法行為」の境界が曖昧になりやすく、その二面性が問題をより複雑にしている。

渋谷立体パーキングに見る「いたちごっこ」からの脱却

落書き対策の難しさを象徴するのが、東急が管理する「渋谷立体パーキング」の事例だ。同施設では落書き被害が繰り返され、渋谷区は複数回にわたり消去作業を実施。累計で約300万円のコストを投じたものの、消しては再び描かれる状況が続いていた。

宇田川を暗渠化した「宇田川通り」。川の蛇行に合わせた道が味わい深い。左側の壁が渋谷立体パーキングの裏手、右側の建物が保育園(2026年5月撮影)

現場は駅前と比べると夜間の人通りが少なく、広い壁面が続く構造になっている。落書き対策を担当した東急の竹内梓さんは、「壁面が広く、描きやすい構造だったこともあり、自己顕示欲を満たしやすい場所になっていたのではないか」と振り返る。

さらに、「渋谷区による消去対応をしても、短期間で再び落書きされる状況が続き、まさに“いたちごっこ”でした」と話す。

落書き被害の様子(2025年撮影)

問題は単なる景観悪化にとどまらなかったという。

「あのエリア全体で落書きが散見されていました。落書きが一つ残っているだけで、『管理されていない場所』という印象を与え、さらなる落書きやポイ捨てを誘発してしまう。結果として、エリア全体の治安悪化につながることを懸念していました」

現場の向かいには保育園があったことから、竹内さんは、「保護者の方が安心して子どもを預けられる場所のすぐそばに、大きな落書きがある環境は望ましくない。子どもたちや保護者に余計な不安を与えてしまう可能性があると感じていた」と話す。

こうした状況を受け、渋谷区は「消去だけでなく、抜本的な対策が必要」と民間側へ要請。そこから、“消すだけ”にとどまらない新たな取り組みが始まった。

まず、渋谷区の「らくがき消去サポーター事業(らくサポ)」の枠組みを活用し、昨年11月に区職員のレクチャーのもと、東急の社員ら約12人が参加して落書き消去活動を実施。当日は、スプレーで描かれた落書きが約30メートル続く壁の前で、ローラーを手にした東急社員らが一列に並び、約1時間かけて白い壁へと塗り直した。

左=落書き消去活動を行っている様子 右=当日参加したメンバーたち(2025年11月撮影)

竹内さんは、「これまで落書き消しは主に渋谷区にお願いしていたが、物件管理者である東急としても主体的に関わる必要があると感じた」と話す。

「社員自身が作業することで、問題を“自分ごと”として捉えられるようになった。実際、自分たちできれいにした壁が、わずか1カ月ほどで再び落書きされた時には、これまで以上に強い悔しさや怒りを感じた」といい、その経験を通じ、「自分たちの建物や街を、自らの手で守っていく必要性をより深く実感した」という。

さらに消去後には、壁面全体にアートデザインシートを掲出。白い壁のままでは再び落書きされる恐れがあるため、区と連携して落書き対策として、同スペースをアドデザインボードとして活用することを決めた。

採用したのは、渋谷区内の障がい者支援事業所などが制作する「シブヤフォント」のデザインだ。

落書き消去後、シブヤフォントのデザインを施し、楽しく明るい通りに変わった(2026年5月撮影)

竹内さんは、「渋谷区と連携する取り組みだからこそ、渋谷らしさを感じられるデザインを使いたかった」と説明する。「若者向けのアートも検討したが、この壁を最も日常的に目にするのは保育園の子どもたちだったので、温かみがあり、子どもたちが喜んでくれるデザインを選びたかった」と話す。

地元商店会からも「街に馴染んでいて良い」と好意的な声が寄せられたという。

アートデザインシート掲出後の「宇田川通り」(2026年5月撮影)

「消す」から「関わる」へ――対策の進化

渋谷区では現在、「らくサポ」など地域参加型の仕組みづくりを進めている。住民や事業者が主体的に関わることで、「放置しない街」という意思を可視化する狙いがある。

左=シブヤ・アロ-プロジェクト、写真家・森山大道さんの作品(渋谷消防署近く)、右=漫画家・しりあがり寿さんらの作品(JR東日本高架下)

また、区では2017年に始動した「シブヤ・アロープロジェクト」のように、落書き防止と災害時の避難誘導サインを兼ねた取り組みも展開している。同プロジェクトでは、避難場所への方向を示す「矢印」をモチーフに、しりあがり寿さん、ヒロ杉山さん、バリー・マッギーさん、森山大道さんら著名アーティストが参加。暗く閉鎖的だった公共空間にアートを施し、街の景観改善に取り組んでいる。

京王井の頭線・渋谷駅前の柱も落書きが多かったが、現在は若手クリエイターやアーティストの公募型アートプロジェクトの発表の場として活用し、落書き対策を図っている(2026年撮影)

さらに渋谷駅前では、一般社団法人 渋谷駅前エリアマネジメント が、京王井の頭線渋谷駅前の柱をキャンバスに活用した公募型アートプロジェクト「TYPELESS(タイプレス)」を展開。落書き対策と同時に、若手アーティストの表現機会の創出にもつなげている。

こうした動きは、単なる落書き対策にとどまらず、公共空間そのものに新たな価値や役割を与える取り組みとして広がりつつある。

竹内さんは、「地域に根差したデザインを採用したり、ワークショップを通じて地元の人と一緒に作品を作ったりすることで、住民の愛着につながる空間づくりができる」とし、「落書きが多発する場所に、あえてアートを施すことで防止につなげる取り組みは、他の物件でも可能性があると感じている」と話す。

グラフィティは排除か、共存か

渋谷におけるグラフィティは、「排除すべき落書き」か、「育てるべきカルチャー」かという単純な二項対立では語れない。

無許可の落書きは明確に違法であり、迅速な消去が必要である。一方で、バスキア、キース・へリング、カウズ、バンクシー など、世界的アーティストが路上表現から生まれてきたことも事実であり、グラフィティが都市文化の一部として発展してきた側面も否定できない。

竹内さんは、「その場所の背景や環境を理解し、街のことを考えたデザインになっているかが重要」と話す。

“落書き”の多くは、自己顕示欲を満たすためのマーキングであり、街を良くしたいという意図は込められていない。一方で、ストリートカルチャーとしてのアートは、街の文脈や人々の生活に寄り添い、新しい価値や意味を生み出そうとする姿勢がある。

重要なのは、「どこで」「誰が」「どのように」表現できるのかを都市として設計することだ。

例えば、仮囲いや工事壁を活用した“描いてよい場所”の整備、違法な落書きは速やかに消去するルールの徹底、そして合法的な作品を評価・発信する仕組み。この三層を組み合わせることで、「秩序」と「創造性」の両立が可能になる。

代官山のファッションブランド「シェアースピリット(SHARE SPIRIT)」の店舗外壁には、ベルリンを拠点に活動するストリートアーティスト「エル・ボチョ(El Bocho)」による、2人の女性の顔を描いた作品がある(2019年撮影)

実際に海外では、冷戦の終結の象徴である「ベルリンの壁」が約1.3キロに及ぶ野外ギャラリーとして保存され、観光資源にもなっている。メルボルン(オーストラリア) では、「ホージアレーン」など中心部の路地がストリートアートの名所として知られている。渋谷圏内でも、代官山にあるストリートアーティスト「エル・ボチョ(El Bocho)」の作品は、フォトスポットとして人気を集めている。

渋谷には、多様なカルチャーや表現を受け入れてきた歴史がある。“何でも許す”でも、“全部排除する”でもなく、街としてどう共存していくかを考えることが重要だろう。

竹内さんは、「街は誰かが勝手に良くしてくれるものではなく、関わる一人ひとりの意思と行動で育っていくもの。渋谷らしい雑多さやエネルギーを活かしながら、街の魅力を引き出す空間づくりが求められているのではないか」と話す。

再開発が進む渋谷で今問われているのは、「何を残し、何を更新するのか」である。グラフィティやミューラルアート(壁画)は、その象徴的なテーマの一つと言える。

目指すべきは、単に「きれいな街」ではない。私たち一人ひとりが、愛着を持って街に関わり続けることのできる都市のあり方ではないだろうか。

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取材・執筆

編集部・フジイ タカシ

渋谷の記録係。渋谷のカルチャー情報のほか、旬のニュースや話題、日々感じる事を書き綴っていきます。